…待て。焦ってはいけない。
はやる心を抑えて自分を諭す。
まだ開店前だ。昨日で丁度品切れになったのに
ポスターをはがし忘れているのかもしれないではないか。
早とちりのぬか喜び、なんてのはゴメンだ。
小一時間の待ち時間がやけに長く感じられた。
「網焼レストラン見蘭」へ、ようやくの入店。
案内されたテーブルに着く前に、店員さんに確認。
「今日、見島牛はあるんでしょうか?」
「はい。わずかですが、あります。」
…やった。
確率わずか数%の当たりくじを、奇跡的に引き当てたのだ。
無謀とも思えた、この分の悪い賭けに勝ったのである。
我々は鬨の声を上げた。
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ほどなく運ばれてきた「幻の牛」を、
我々はいつも以上の集中力を持って丁寧に焼き上げ、
慈しむようにゆっくりと咀嚼した。
いわゆる「肉の味」が濃い。力強い印象の肉だ。
コクがあり、噛むほどに心地よい肉の香りが鼻腔をくすぐる。
驚いたのはその食感の柔らかさ。
どちらかというと短角牛のような無骨さを想像していたが、
むしろ黒毛和牛に通じる繊細で滑らかな肉肌だ。
適度なサシがあり、それでいて赤身の美味さも兼ね備えている。
なるほど。
この元牛がいたからこそなのだな。
一口サイズのピースでも、しっかりと肉の味が堪能出来る肉質。
焼肉が日本全国にこれほどまでに普及し、愛されているのは
この牛から肉質を受け継いだ黒毛和牛のおかげなのだろう。
我々はしばし、焼肉の歴史に想いを馳せた。
もちろん、箸と口はせわしなく動き、肉を捉え続けていたが。
それにしても、こんな奇跡があっていいのだろうか。
あるかどうか分からない肉を食べに、東京から山口まで出かけて
たまたまその肉に巡り会えるとは。
店員さん曰く、今日の見島牛は前日に突如入荷したものだとのこと。
しかも今日中には売り切れるだろうというくらいの少量だったそうだ。
そして入荷する頻度は、はっきりとは言えないが年6-7回程度らしい。
もはや偶然という言葉では片付けられなかった。
皆、口に出さずとも心で感じていた。
これはもう、神様のなせる技としか思えなかった。
そう、「焼肉の神様」はいたのだ。
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余談だが、この日の夜、なでしこジャパンがW杯で優勝。
主将の澤選手は「サッカーの神様っているんだな」と漏らしたという。
きっと、神様は皆の側にいるのだ。
強く思い、努力さえすれば、その力を貸してくれるのである。
(つづく)
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